米国債市場のイールドカーブは2019年3月、短期の利回りの方が長期のものよりも高い「逆イールド」の状態に陥った。投資家の間では動揺が広がったが、この現象は株式市場にとって凶兆だと断言することはできない。市場には相場下落に先立って現れる重要な警戒シグナルがいくつかあるが、足元で赤信号を発しているのはこのイールドカーブの傾斜だけにとどまっている。

イールドカーブは国債利回りを償還期限に沿ってプロットしたもので、その傾きは長期国債と短期国債の利回り格差を反映している。投資家がイールドカーブを注視している理由は、過去7回の景気後退局面においては、いずれもその前にイールドカーブが逆転していたからだ。だが、逆イールドは景気後退が確実に訪れることを示す指標ではなく、必ずしも株式市場の大暴落を予告するものでもない(以前の記事 『Is Inversion Panic Justified?』(英語)ご参照)。

では、投資家はどんな警戒シグナルに注意を払うべきだろうか? アライアンス・バーンスタイン(以下、「AB」)では、社内で用いているリスク・モデルに含まれるさまざまなシグナルを分析し、それらが1950年以降における株式市場の大幅下落をどれほど正確に予測してきたかについて調べた。ここでは、「大幅下落」とは下落幅が15%以上の下降局面と定義する。

これには、ITバブルの崩壊やリーマンショックをきっかけとする下落局面のほか、ブレトン・ウッズ体制に基づく固定相場制の崩壊、1987年のブラックマンデー、第1次湾岸戦争などに続く低迷期も含まれる。

2つの側面から有効性を測定

調査では、警戒シグナルが発せられた場合に、その後実際に株価が下落した割合がどの程度であったのかに基づき、高い「適合率」 を持つシグナルを探した。また、実際の株価下落のうちどの程度が事前に警戒シグナルで予告されていたかを示す「再現率」も高くなくてはならない。

適合率が高くても再現率が低い、あるいは適合率が低くても再現率が高いということは珍しくない。イソップ物語に登場する、狼が来るといつも叫んでいた羊飼いの少年を思い出してみればいい。彼の話はたいてい間違いだったが、やがては正しいことになる。狼の出現をすべて警告していたという意味で、統計学上は少年の予測の再現率は100%であった。しかし、適合率の面では、警告の後に狼が現れなかったことが多かったため、彼のスコアは非常に低い。別の例を用いれば、病気の検査で陽性が出たときに実際に病気である確率を適合率、実際に病気である人をその検査で発見できる確率を再現率と言う。

市場のシグナルにも同じような問題がある。それは、ノーベル経済学賞を受賞した故ポール・サミュエルソン氏が語った「株式市場は過去5回の景気後退を9回も予測した」という皮肉が如実に表している。

リスク・ダッシュボードの構築:注視すべき4つのシグナル.png

この調査では、適合率と再現率の双方において平均値から1標準偏差以上かい離したときの株式市場の動きを測定したところ、比較的良好な成績を示したシグナルが4つ発見された。それらを基に、一覧性の高いダッシュボードを作成してみた。

1. イールドカーブ: ABでは、特に米国債の10年物利回りと2年物利回りの格差及び10年物利回りと3カ月物利回りの格差(3月に「逆イールドが発生した」と注目された部分)に注目している。このカーブの傾斜は、銀行の収益性を左右する重要な要因となる。銀行は短期金利で資金を調達し、長期利回りに基づく金利で資金を貸し出しているため、短期利回りが長期利回りを上回る水準まで上昇すれば利益が落ち込むことになる。逆イールドは経済成長の鈍化やインフレ期待の低迷も示唆しており、それらは企業業績に幅広く影響を及ぼす。

2. 信用スプレッド: 投資適格社債やハイイールド社債などが、同じ年限の米国債利回りに上乗せして投資家に提供する追加的な利回りを指す。信用スプレッドは企業の全般的な健全性や信用力を測る上で信頼性の高い指標であり、利回りスプレッドが拡大すればするほ企業にとっては資金調達コストが上昇することになり、投資家にとっては潜在的なリスクが高まっていることになる。

3. 株式のキャリー: 株式市場の短期的なバリュエーションを測る指標。具体的には、ABでは利益、配当、キャッシュフロー利回りなどの実績値や予測値を短期金利と比べた指標について分析している。これらの指標が低水準にあれば株式市場は割高であると言え、下落する可能性が高いことを示している。

4. 株式のクオリティ: 企業のバランスシートが全般的に膨張しすぎていないか判断するための指標。景気サイクル終盤には、企業が将来の需要を過大に見積もり、生産能力を過剰に高める傾向があることから、バランスシートが過度に膨らみがちである。しかし、予想どおりに需要が増大しなければ、株価は下落するケースが多い。ABでは株式のクオリティを評価するため、市場における自社株買い総額に対する株式純発行総額、ネットキャッシュ総額に対する純負債総額、減価償却総額に対する設備投資総額といった指標を分析している。

誤警報のリスク

ここで足元の状況に目を戻そう。イールドカーブが逆転した2019年3月22日時点で、4つのシグナルのうち警報を発していたのはイールドカーブだけであった。前述したように、絶対確実なシグナルはない。それは4大シグナルでも同じことである。

ABのモデルによれば、3月に起きたような米国債の3カ月物利回りと10年物利回りの逆転が実際の株価下落を予測した過去の適合率は45%となっている。これは上記のダッシュボードに組み入れられていない他のシグナルに比べればかなり高い水準である。しかし、それでも逆イールドが過去70年間に発した警報のうち半分以上は間違いだった。

これらは何を意味しているのだろうか? 今のところ、強く示唆されることはない。現時点では、信用スプレッド、株式のキャリー、株式のクオリティが発するシグナルは、株式に投資してリスクを取ることについて、中立的か、あるいはわずかに強気になるべきことを示唆している。だが、2018年12月に一時的に逆イールドが発生した時にはそうではなく、信用スプレッドと株式のキャリーのシグナルも赤信号を点灯させていた。

当時は、リスク資産へのエクスポージャーを抑えるべき場面だった。イールドカーブがフラット化し、市場が成長鈍化や景気後退の可能性を織り込み始めれば株式が売られる傾向があるためだ。イールドカーブが実際に逆転した後は、株価は反発する傾向がある。その理由は多くの場合、米連邦準備制度理事会(FRB)が利下げに着手するか、あるいは2019年初と同じように利上げを停止するからである。

前述したように、逆イールドは注視すべき動きだが、それ自体で資産配分の変更を迫るシグナルとはならない。しかも、それは株式のリスクをよく反映すると考えられる4つのシグナルのうちの1つに過ぎない。他の3つのシグナルのうち少なくとも1つから同じような警報が発せられなければ、イールドカーブは間違ったシグナルを送っている可能性がかなりあると言えるだろう。

 

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