資産運用業界は長らく男性中心の社会だったが、状況は変わり始めている。業界をリードする会社がそうした状況を変えるために多大な時間とリソースを注ぎ込んでいるためだ。
2017年に資産運用会社23社を対象に実施した調査によると、役員、上級管理職、ポートフォリオ・マネジャーの80%以上を白人の男性と女性が占めていることが分かった1。米国では、ファンド・マネジャーのうち女性は10%しかいなかった2。
2019年になった現在、こうした数字は理解しがたい。特に、経営層や取締役会において多様性のある企業の株価が優れたパフォーマンスを達成していることや、多様性の高い運用チームが高い運用リターンを獲得していることを示す調査結果を踏まえれば、それはさらに理解しがたいものとなる。
なぜそうしたギャップが生じるのだろうか? ひとつには、企業が多様性の高いチームを編成し、持続する上で必要となる企業化や体制面での変革はその企業の隅々にわたる大規模なものであり、一夜にして起きるものではないからだ。また、人材の採用や昇進の方法から同僚間の評価基準にいたるあらゆる面で、組織のトップから一般社員まで、全員のコミットメントが必要となる。
どうすれば資産運用会社が多様性を受容する職場環境を作ることができるのか、そしてそれがその会社や顧客にどのような恩恵をもたらすかについて、アライアンス・バーンスタイン(以下、「AB」)で株式部門責任者並びに最高投資責任者を務めるシャロン・フェイと、ダイバーシティ&インクルージョン(D&I)の責任者であるジャネッサ・コックス=アーヴィンに聞いてみた。
1. 若い世代にとって魅力ある職場にする
多様な人材を集めたいならば、資産運用会社は様々なバックグラウンドを持つ若者にもっと資産運用業界について知ってもらう必要がある。
コックス=アーヴィンは、「多くの女性や様々な人種的、民族的バックグラウンドを持った人々にとって、資産運用業界はアクセスしにくく、情報も不足しています」と言う。「 これまで、こうした人々の家庭では資産運用業界のことが食卓で話題に上ることはありませんでした。私もそうした環境で育ちました。」
これは残念なことだ。なぜなら、フェイの経験上、資産運用はむしろ偏見の対象となりやすい人々にとって利点の多い業界であるからだ。
「私をこの世界に引き入れた魅力のひとつは、カルチャーがマッチョでも体育会的でもなく、知的な能力が重視されていることでした。」とフェイは語る。「もうひとつの理由は、主観的な評価ではなく、ベンチマークを上回ったかどうかという日々の成果で評価されることでした。」
ABは大学での正式な採用活動を通じて、あるいは女性のポートフォリオ・マネジャーや資産運用会社幹部の増加を目指す非営利団体であるGirls Who InvestなどのD&I 支援グループとの連携を通じ、こうしたメッセージを広める取り組みを行っている。また、2年前からは、そうした組織のトレーニング・プログラムを終了したインターンを受け入れている。
2. 採用では「適任者がいない」という言い訳を認めない
優れた人材であると同時にダイバーシティの促進にも寄与するような候補者を見つけ出すのは不可能だと弁解するのは簡単だ。しかし、問題は本当に適任な候補者がいないことよりも、集中的な努力が欠けていることである場合が多い。フェイは、既存チームに欠けているものを補完できる人材は、輝かしい履歴書の候補者よりも貴重である場合が多いと言う。彼女は自分のチームに対し、空きポジションができた際には知り合いや出身校などの伝統的なネットワーク以外に目を向け、幅広く人材を探すよう求めていると言う。
しかし、伝統的なネットワークの外に目を向けるだけでは十分ではない。既存チーム内のギャップを埋める多様な候補者を見つけ出す最善の方法は、大きな母集団から適切な候補者を探し出すことである。人材会社を活用し、多様な候補者を数多く提案するという厳格な指示を与えることは、採用プロセスに客観的な視点をもたらすばかりでなく、通常であれば見過ごしてしまう優れた人材を見つけ出すことにつながるケースが多い。
3. ダイバーシティを幅広い視点で捉える
ダイバーシティは性別、人種、年齢、性的指向だけの問題ではない。異なる経済的環境や文化の下で育った人々や、異なるキャリアをたどってきた人々も、ユニークな視点を提供してくれる。フェイは知的能力に関するダイバーシティも重要だと考えており、自身の配下のチームの優秀なマネジャーには、イスラエルの諜報当局での勤務経験のある者や、元ロケット工学専門家もいる。
優れた成果を挙げてきた小規模な運用チームの中核メンバーが最近引退した際、チームは彼の知的な役割を引き継ぐ人物が必要であることが分かっていた。その役割とは、チームを落ち着かせ、思慮深い意思決定を促すような本質的な質問を投げかけることを指す。その引退したメンバーがインド人で、トップクラスのエンジニアリング大学で学んだという事実と同じくらい、彼の考え方はチームのダイバーシティを強化する役割を果たしていた。チームはフェイの後押しを受け、白人の女性とヒスパニックの男性という2人を採用した。
4. 無意識の偏見をなくす
多様な人材をつなぎとめることは、多様性のあるチームを構築することと同じくらい重要である。そして、それには自分が人々に歓迎されていると感じられるようにすることが必要だ。
「ダイバーシティはパーティーに招かれることで、インクルージョンはダンスに誘われているようなものだと考えると分かりやすいと思います」とコックス=アーヴィンは語る。「自分がパーティーで歓迎され、仲間として迎えられていると感じなければ、人々は間違いなくそこに留まりたいとは思わないでしょう。」
2019年になった今、偏見のある言葉を職場で口にすることが認められないのは明らかだ。しかし、無意識の偏見、つまり自分で気づいていない固定観念は、それ以上にやっかいだ。ABでは3年前、無意識の偏見を認識し、それを克服することを目的とした従業員教育に着手した。
しかし、認識するだけでは十分ではない。資産運用会社は無意識の偏見が入り込む可能性を排除する構造を構築しなくてはならない。採用や昇進に関しては必ず多様性の高いチームで候補者をレビューすることが、好ましい方向への第一歩となる。
フェイは、「一人のマネジャーに任せてしまえば、その人物が自分と同じ学校に行っていた人や、同じ町に住んでいる人を採用あるいは昇進させたいと思うのは自然なことかもしれません」としたうえで、「しかし、在職期間、性別、人種などの面で多様性のある独立したチームであれば、すべての候補者を公平に扱っているかどうかについて、異なる視点から見直すことになります」と語った。
彼女のチームでは、「誰が昇進していないか」についても定期的に点検している。その目的は、昇進に偏った傾向がないことを確認すると同時に、昇進を見送られたメンバーが次のチャンスに備えることを支援するためでもある。
5. 疎外感を感じる人もいることを忘れない
一部の従業員はダイバーシティ推進の取り組みに脅威を感じており、それを無視すれば、そうした感情を増幅することになりかねない。組織のリーダーにとっては、全員がスキル向上の機会を得ていると感じることができ、ダイバーシティ推進の真の目的を理解しているようにすることが重要である。
コックス=アーヴィンは、「その取り組みが、誰かの利益が誰かの不利益になるようなゼロサムゲームになるという感覚を払拭しなくてはなりません」と語る。「以前のメンバーと異なる人々を迎え入れることは、他のメンバーを軽んじるという意味ではないのです。」
同時に、資産運用会社のリーダーは、D&I が会社の目標として必要不可欠なものであることを明確に示さなくてはならない。例えば、フェイのチームでは、毎年設定する各個人の業務目標にD&I に関する項目を必ずひとつは入れることとしている。
6. パフォーマンスとダイバーシティは両立する
D&I は単なる流行語ではなく、より平等な社会の構築に必要なステップである。コックス=アーヴィンは、ダイバーシティは組織にプラス効果をもたらすものであってマイナス要因ではないと言う。それを裏付けるように、資産運用会社を始めとする企業がD&Iを最優先課題とすることによって良い結果を得ていることは、多くの事例が物語っている。
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+ 人種及び民族のダイバーシティに関して上位4分の1に入る企業は、それぞれの業界の中間値を上回る収益を上げる可能性が35%高い。性別に関するダイバーシティでトップランクに入った企業は、平均を上回る収益を上げる確率が15%高くなる3。
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+ シニア・エグゼクティブの4分の1以上を女性が占めている企業は、平均すれば市場を3%アウトパフォームしている。エグゼクティブの半分が女性である場合は、10%アウトパフォームしている4。
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+ ベンチャー・キャピタルが女性パートナーの数を10%増やせば、総リターンは年率1.5%押し上げられ、収益を得て投資を回収できる確率も10%高まる5。
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+ 実験のため、民族的に多様性のある参加者で構成された市場と、民族的に同一の参加者で構成された市場のそれぞれにおいて、無作為に割り当てたトレーダーに取引を行わせた場合、多様性のある市場では適正な価格が付く確率が58%高かった6 。
これらの結果はどれも意外なものではない。多様な視点や経験があれば、運用チームに多様な考え方がもたらされ、市場や世界について、より繊細な見解を持つことにつながる。企業のダイバーシティを推進することは、社会を良くするためばかりでなく、株主、従業員、顧客の利益にとっても、必要不可欠な道徳的規範要素となっている。