2021年3月上旬、ECBは時期尚早な金融環境の引き締まりを防ぐべく、量的緩和(QE)政策下での債券購入ペースの加速を発表した。これは市場予想を超えるサプライズであり、米国金利が上昇圧力にさらされている中においても、ECBはユーロ圏金利の上昇を容認しない、という強い姿勢を示すシグナルとなった。

投資家は金融政策の先行き透明性を求めているが・・・ECBは応えず

しかし、ECB政策理事会(以下、「理事会」)は、債券購入の予定額など踏み込んだ情報までは開示しなかった。また、理事会は「全体的」や「多面的」といった言葉を好んで多用しているものの、金融環境の定義については曖昧かつ分かりづらいままとなっている。実際、ECBのラガルド総裁は金融政策における波及経路の「上流」と「下流」について語り、さらに難解さが増した格好だ。

しかし、幸いなことに、このパズルをひもとく手がかりはある。

ECBは金融環境について全体的なアプローチを志向するかもしれないが、最も注目すべき重要な変数が無リスク金利であることは明らかだ。かつて無リスク金利はECBのリファイナンス金利を指していたかもしれないが、今日においてはユーロ圏国債利回りまたはオーバーナイト・インデックス・スワップレート(OIS)の加重平均によって測定されるユーロ圏のイールドカーブ全体を指している。

しかし、ECBが無リスク金利を名目ベースまたは物価変動を考慮した実質ベースのどちらで捉えているかは不明であり、この解釈の違いが理事会を大きく二分している。この分裂の根底にあるものは、金融政策の有効性をめぐる見解の相違である。

金融政策がインフレ回復にあたって主導的な役割を果たすことができると考える理事会メンバーは、政策の緩和度合いが不十分との立場を取っており、たとえインフレ期待が高まり始めても、名目金利の上昇は容認すべきでないと主張している(そうなればインフレ期待控除後の実質金利は低下し、より緩和的な政策となる)。理事会メンバーのファビオ・パネッタ氏は足元でこの主張を強く表明した(「Mind the gap(s): monetary policy and the way out of the pandemic」(英語)ご参照)。

他の理事会メンバーは、ECBによる金融政策の有効性が限界に近づいている点を懸念し、むしろ副作用への憂慮を強めている。この一派は、たとえ名目金利が上昇しても、それに先立ってインフレ期待が高まっているのであれば(実質金利と金融政策スタンスが不変であれば)、懸念にあたらないと位置付けている。

金融政策をめぐる議論:「強度」か「持続性」か?

理事会メンバーのイザベル・シュナーベル氏は先日、金融緩和の「強度」と「持続性」について語った際に、両アプローチの違いについて触れた。これは、ECBが現在抱えるジレンマを理解する上で有効な枠組みだ。詰まるところ、これはインフレ期待の高まりを好機と捉え金融緩和の強度を一層高めるべきか、それとも異例の金融緩和をより辛抱強く長期にわたって維持する持続性を重視すべきか?という問いに帰着する。

もしドラギ前ECB総裁がまだ総裁の立場に就いていたならば、この問いに対するECBの答えは既に出ていたかもしれない。歴史を振り返ると、ドラギ氏は金融政策の「強度」重視派とみられ、「持続性」重視派を含む他の理事会のメンバーを説得・誘導しようとするだろう。しかし、現総裁のラガルド氏は、よりコンセンサス的なアプローチを志向しているため、金融政策の戦略振り返りが発表される2021年後半までは、この名目・実質(強度・持続性)論争は決着しないかもしれない。

それまでの間、ECBには2つの道がある。1つが、名目金利の上昇を抑制する道。もう1つは、実質金利に着目し、インフレ期待の変化に応じて名目金利の適正水準を調整する道だ。後者のアプローチを「ダイナミック・イールドカーブ・コントロール」と便宜上呼んでみよう。ECBのチーフ・エコノミストであるフィリップ・レーン氏は、最近のフィナンシャル・タイムズ紙のインタビューで 、このアプローチについて示唆している。

ダイナミック・イールドカーブ・コントロール

ユーロ圏のインフレ期待(5年先5年物インフレ・スワップで測定)は足元で1.5%まで上昇しており、名目金利の上昇にかかわらず、実質金利は過去最低水準から数ベーシス・ポイント以内の上昇にとどまっている(図表1)。現在ECBが実質金利を重視しているとすれば、理事会はこれらの動きをそれほど懸念しないとみられる 。

インフレ期待の上昇により、実質金利は低位で抑制.png

しかし、このアプローチには欠点もある。足元のインフレ期待の高まりは一時的なものに過ぎず、ECBによる債券買入れプログラムの強化が終了した途端に息切れとなってしまうかもしれない点だ。これは市場が債券買入れの減額またはペース鈍化をECBのインフレ目標に対するコミットメント欠如と解釈する恐れがあり、インフレ期待に対して悪影響を及ぼしかねないためだ。解決策として、名目ベースでのイールドカーブ・コントロールへの転換が考えられるが、理事会でその実施に向けた準備は未だできていない。したがって、市場のインフレ期待が、金利上昇に対するECBの許容度を図る重要な指針となり続けるだろう。

上述したように、足元でインフレ期待は上昇しており、2015年から2018年の平均値である1.6%程度で定着する可能性さえある(図表2)。この点を考慮すると、ECBは小幅な名目金利上昇(おそらく10~20ベーシス・ポイント程度)については容認するとみられる。

ECBの債券購入のペース加速はインフレ期待を押し上げるか?.png

しかし、より大きな金利上昇については、インフレ期待が2.3%(2010年から2014年の平均値)に向けて一段の上昇を見せない限り容認されないだろう。現状さらなるインフレ期待上昇を裏付ける材料に乏しく、その実現には少なくとも米国のような(持続的な)財政拡張やECBによる革新的な金融緩和が必要となろうが、金融緩和の限界がささやかれる現状、それも容易なことではない。

そのため、アライアンス・バーンスタインでは、ECBが名目金利を現行近くの水準で維持するとみている。

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