2022年前半のグローバル株式市場は、ロシアのウクライナ侵攻による地政学的リスクの増大や米国を始めとする世界各地における金利上昇懸念を背景に大幅に下落している。この紛争は多くの不透明要因をもたらしているが(以前の記事『ウクライナ侵攻: アクティブ運用への長期的な影響を考える』ご参照)、その中でも、長期化するインフレの影響が今後の株式市場の行方を最も大きく左右するとアライアンス・バーンスタイン(以下、「AB」)では見ている。
 
世界の株式市場は、コロナショックによる混乱の後は7四半期連続で上昇してきたが、2022年初めに急ブレーキがかかった。MSCIワールド指数は1-3月期に現地通貨ベースで4.6%下落しているものの(図表1)、実はロシアによるウクライナ侵攻開始以降の下げは3月末までにすべて取り戻した。四半期全体ではオーストラリア、英国、日本の市場が比較的底堅く推移する一方、欧州、新興国、中国はアンダーパフォームしている。
 

 
ウクライナ情勢とテクノロジー株急落が世界の市場に打撃.png
 
株価の下落は戦争だけが原因ではない。1-3月期初めには、特に米国市場で、金利上昇の影響を受けやすい割高なテクノロジー株が売り込まれた。投資家の間では、金融引き締めが世界経済のパンデミックからの回復を損ないかねないとの懸念も広がった。中国株はネット関連の巨大プラットフォーム企業に対する規制、不動産セクターのデフォルト・リスク、新型コロナウイルスの感染拡大などに対する懸念から、極めて不安定な動きを示した(以前の記事『国が直面する3つの課題』ご参照)。
 
セクター別のパフォーマンスはまちまちだった(図表2、左図)。エネルギー株が急伸する一方で、テクノロジー株や一般消費財関連株は低迷した。また、公益事業やヘルスケアなどディフェンシブなセクターは比較的底堅く推移した。そして、相対的に金利上昇の恩恵を受けやすいバリュー株は、グロース株を大幅にアウトパフォームした(図表2、右図)。
 
セクター別、スタイル別のパフォーマンスはまちまち.png

ボラティリティを大局的に捉える

市場のボラティリティは急上昇し、そして低下した。MSCIワールド指数が上下1%以上変動した日が、1-3月期は26営業日もあった(図表3、左図)。米国株のボラティリティを示すVIX指数は急上昇したが、それでも2020年初めのコロナショック時ほどの水準に達することはなかった(図表3、右図)。市場心理の急激な変化は驚くほどで、VIX指数は1-3月期末までに長期的な平均値に向けて低下し、投資家の不安が著しく薄れたことを示している。
 
市場のボラティリティは上昇したが、2022年1-3月期末には落ち着く.png

 
 
2月24日にウクライナ侵攻が始まって以来、ボラティリティは3つの要因で押し上げられた。まず、第2次世界大戦後初の欧州における大規模な戦争と、人道的悲劇の拡大が投資家に衝撃を与え、リスク回避志向が高まった。民間人の犠牲者が増え、400万人以上の難民がウクライナから脱出する中、ロシアと北大西洋条約機構(NATO)加盟国との直接的な軍事衝突に発展しかねないとの懸念が高まった。そればかりか、核兵器使用の応酬が起きるのではないかとの不安も広がった。
 
第2に、ロシアに対する厳しい制裁措置により、MSCI指数からロシア株が除外され、新興国市場ポートフォリオをはじめとする一部の投資家の保有株が一掃された。第3に、紛争により、ロシアやウクライナが輸出する石油、ガス、小麦などコモディティの供給が混乱し、市場に大きな影響を与えた。これはインフレを助長し、景気後退、もっと悪ければスタグフレーション(景気が停滞する中で物価が上昇すること)につながりかねない。さらに、中国における新型コロナウイルス感染拡大がサプライチェーンに影響を及ぼすとの懸念が、こうしたリスクを増大させている。
 

インフレは長期化へ

2022年初めには、インフレ圧力がすでに高まりつつあった。その前から、ここ数年はグローバリゼーションに伴うデフレ圧力が抑制されていた。英国の欧州連合(EU)離脱や米国と中国の貿易摩擦などに見られるポピュリズムの拡大は、国家や企業にグローバルなサプライチェーンの見直しを促す形となった。その後、新型コロナウイルスのパンデミックによって供給障害が広がり、中央銀行は前例のないほど緩和的な金融政策に踏み切った。
 
ロシアとウクライナの戦争は、こうした圧力をさらに高めている。たとえ戦争による混乱が多少解消されたとしても、国家や企業は、石油やガスから(以前の記事『世界はロシアの石油なしでもやっていけるか?』ご参照)自動車部品、マイクロチップ、食材に至るさまざまな必需品を調達する新たな方法を模索している。供給源の現地化は、企業が必ずしも最もコスト効率の高い場所で原材料や部品を生産するわけではないことを意味するため、価格の上昇が続くことになる。特に、労働者が記録的なペースで離職している中では、多くの代替スタッフを雇用する必要性が高まり、賃金が引き続き押し上げられる見通しだ。今や、インフレが長期化することは明らかである。
 
米国では2022年2月の消費者物価指数が年率換算で7.9%上昇し、40年ぶりの高い伸びを示した。ユーロ圏のインフレ率は2月に5.8%に跳ね上がり、英国のインフレ率も6.2%と30年ぶりの高水準に達した。長年デフレ圧力にさらされてきた日本ですら、2022年の消費者物価の上昇率は日本銀行の目標である2%に近づくかもしれない。
 

供給ショックが生み出す新たな課題

現在のインフレは供給ショックが主な原因であるため、これまでのインフレとは大きく異なる課題をもたらしている。中央銀行は非常に困難な任務を与えられている。米国では連邦準備制度理事会(FRB)が1-3月期に利上げを開始し、タカ派的なスタンスを強めている(以前の記事『FRBはインフレ引き締めの準備が整った』ご参照)。欧州中央銀行(ECB)も金融引き締めに向かっているが、ユーロ圏では消費者がはるかにぜい弱な状態に置かれているため、成長はより大きなリスクにさらされている(以前の記事『驚きのECBテーパリングは、経済的リスクを伴う』ご参照)。複雑な要因がインフレ率を押し上げていることを踏まえれば、中央銀行はその政策が成長を損なわないよう、極めて柔軟に対応する必要がある。
 
成長を維持しながらインフレを管理するのは非常に難しい。現在のインフレ圧力は広範な領域に及んでおり、世界中で数多くの製品や産業に影響を与えている。その原因は従来の供給不足にとどまらず、地政学的な摩擦、グローバリゼーションの後退、労働者の嗜好変化など、無数にある。新たな供給源とサプライチェーンを確立することが必要で、金利を引き上げて需要を抑制するという従来のアプローチは効果が薄れている可能性がある。
 
たとえインフレが落ち着いたとしても、最近までの長い年月に比べれば高い水準で推移すると思われる。この新たな世界においては、株式投資家はインフレ動向に関する戦略的な視点をファンダメンタル分析に取り入れなくてはならない。そのためには、インフレと企業収益やリターンとの関係を理解するとともに、業界や企業に与えるミクロの影響を把握し、さまざまなポートフォリオの投資哲学や運用プロセスに従って投資基準を策定する必要がある。
 

利益成長局面から収益性が圧迫される環境に

物価の上昇は、企業にとってハードルが高くなることを意味する。インフレが売上高を押し上げるケースも多いが、企業はコスト上昇に負けないよう名目ベースの利益を急速に拡大させなくてはならない。インフレ率が緩やかな水準にあれば、利益は物価を上回るペースで拡大する傾向がある。ABのリサーチによると、年間のインフレ率が2~4%であれば、米国企業は1965年以来、実質ベースの利益を年間8.8%程度成長させてきた。他の国々の企業も、より短い観察期間ではあるものの、同じような傾向を示している。
 
しかし、我々が今直面しているような環境下でも、企業は利益の伸びを維持できるのだろうか?収益性指標は、それが容易ではないことを示している。現在、世界の企業の純利益率は極めて高い水準にあり(図表4)、収益性が低下に転じる時期が近づいている可能性を示唆している。歴史的な高水準にある利益率、成長の鈍化、投入コストの上昇圧力といった要素が重なれば、多くの企業は収益性が圧迫されることになる。株式投資家は、こうした状況が続いても利益率を維持できる企業を見つけ出さなくてはならない。
 
企業利益は緩やかなインフレを乗り切ることができる。利益率はどうか?.png
 
このことは、新たなインフレ環境下における株式の長期的な期待リターンを差別化する大きな要因になるとABでは考えている。また、リサーチによると、高インフレ期にはリターンの分散が大きくなる傾向がある。通常、分散が拡大することは、アクティブ運用の投資家にとっては、より優れたリターンを期待できる企業を見つけ出す機会が拡大することになる。
 
それを活かすためには、投資家は事業見通しやキャッシュフロー、将来のリターンなどに対し、インフレがどのようなミクロ経済的な影響を与え得るのかを把握する必要がある。それを分析する上では、業種や市場を問わず、2つの重要な問いが役立ち得る。
 
投入コストはどう変化しているのか? 売上高が市場予想に到達している企業であっても、その多くはコスト上昇によって利益が圧迫されている。より安価な材料で代替できる企業は、価格が上昇する中で利益率を維持する上で優位に立つことができる。また、製造プロセスやサプライチェーンを再構築できる企業も、収益性を維持する上でより有利な立場を確保できそうだ。
 
企業は価格決定力を持っているか? 価格決定力は常にビジネスの質の高さを示す重要な指標だが、インフレが高水準にある場面ではとりわけそう言える。業績見通しを急激に変更しない企業は、そのような優位性を持っているかもしれない。安定した利益率を維持している実績も、その企業が価格決定力を持っていることを示すいいサインとなる。環境問題への取り組みや新たなテクノロジーの台頭といった大きな社会的潮流が追い風となる企業も、需要を損なうことなく価格を引き上げることができる可能性がある。
 

変化するリスクに対応できる企業の特性

これらの問いに答えることは、アクティブ運用のポートフォリオ・マネジャーにとって新たな環境に適した企業を見つける手がかりとなる。資産運用業界で広く用いられているクオンツ・モデルの多くは、1970年代の高インフレ時代が過ぎ去った後に開発されたため、よりデフレ的な環境に適したものとなっており、今後の投資にむけて信頼性の高い指標を提供できない可能性がある。また、インフレが企業に与える影響は複雑であるため、厳しい環境に耐え得る企業を見つけ出すには、クオリティを重視した包括的なファンダメンタル分析が不可欠と言える。
 
例えば、グロース株のポートフォリオは、足元の株価急落後もまだ割高に見える企業を警戒する一方で、より厳しいマクロ経済環境に耐えられる持続的な成長ドライバーを持つ企業をターゲットとすべきである。バリュー株は歴史的に金利上昇局面で良好なパフォーマンスを示してきた。しかし、ファンダメンタルズが劣る最も割安な銘柄よりも、キャッシュフローやバランスシートの質が高く、回復に向かう明確な手掛かりを持つ企業の方が望ましいとABでは考える。
 
4-6月期に入り、ウクライナ侵攻開始直後の緊迫感は薄らいできた。しかし、ロシアの米ドル建て債務問題や中国の成長鈍化を巡る懸念、力強さに欠ける世界経済見通しなど、リスクは山積している。ウクライナ情勢はその影響が世界の貿易システムに広がっているため、さらなるボラティリティに備える必要がある。インフレの脅威と投資機会に注目しながら企業のファンダメンタルズに対する規律あるアプローチを取り入れれば、投資家は今後の複雑な時代に対するポートフォリオの備えに確信を持てるようになるだろう。
 

当資料は、アライアンス・バーンスタイン・エル・ピーのCONTEXTブログを日本語訳したものです。
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