気温上昇を抑えるための世界的な取り組みが、炭素排出権市場を活気づけている。炭素排出権の人気が高まることに伴い、ポートフォリオにヘッジ効果や他の恩恵をもたらす資産クラスとして独自の存在感を発揮している。

炭素価格と市場を結びつける炭素排出権

気候変動は、地球温暖化に起因する天候の不確実性と物理的被害の増大、そして低炭素経済への移行に伴うビジネスモデルの混乱などを通じ、社会や産業界に多くのリスクをもたらしている(以前の記事『投資における気候変動シナリオ分析 ~運用会社やアナリストによる定性的解釈・判断の重要性~』ご参照)。どちらも長期にわたり資産価格に影響を与える可能性があるが、短期的には、市場が予想以上に速いペースで変化を織り込んでしまうリスクがポートフォリオに大きな影響を与えそうだ。炭素排出権は、こうした移行リスクからポートフォリオを守るための重要なツールとなり得る。アライアンス・バーンスタイン(以下、「AB」)のリサーチによれば、炭素排出権は今後数年にわたり、資産配分の重要な構成要素となる可能性が高い。

炭素排出権とは、企業や他の組織が、一定期間(通常は1年間)に1トンの二酸化炭素(CO2)を排出する権利のことを指す。各国政府や当局、または超国家的な組織などが管轄地域ごとに発行し、通常は強制的に定められた排出枠に沿って、オークションを通じて企業に売却される。許容量を超えて温室効果ガス(GHG)を排出した企業は多額の罰金を科されるリスクがあるが、排出枠を使い切らなかった企業は、余った分を市場で売却することができる。

排出権は、会社全体のカーボンフットプリントを削減したいと考える企業が事業以外での環境活動を支えるために購入するカーボンオフセットとは異なる(以前の記事『カーボンオフセットはESG投資の新たなフロンティアになるか?』ご参照)。もう1つの大きな違いは、カーボンオフセットは通常、購入者が権利を行使すると市場から「消却」されることである。

炭素排出権はまた、市場を通じて企業や金融機関の間で取引される。それらの市場の一部には、先物やスワップ取引を通じてアクセスすることができ、その価格は市場原理に基づいて変動する。炭素排出権は炭素関連の資産クラスの中で最も流動性が高く、大量に取引されることも多い。最も取引が多い市場は欧州連合の排出権取引制度(ETS)で、1日に平均25億ユーロの取引が成立している。

炭素市場は発展途上だが、投資機会は豊富にある

炭素排出権の取引は、2種類の主な炭素市場の1つであるコンプライアンス市場で行われている。もう1つはボランタリー市場で、どちらも重要だが、市場規模、流動性、健全性、透明性などを考慮すれば、規制当局の監視を受けるコンプライアンス市場の方がすぐに投資しやすいとABでは考える。

ボランタリー市場は自由度が高いが、論争の種に事欠かない。市場規模は過去数十年で約20億米ドルに拡大しただけで、低炭素社会への移行に向けて有効な役割を果たすには、根本的な見直しが必要になる。それとは対照的に、コンプライアンス市場の規模は8,500億米ドルに達し、はるかに多くの選択肢を投資家に提供している。

コンプライアンス市場は一般に「キャップ・アンド・トレード」または「排出権取引制度(ETS)」と呼ばれ、米国の個別州から複数の国で構成する地域に至るまで、その広さはさまざまだ。200カ国近くがパリ協定で定められた目標にコミットしていることで、世界中のコンプライアンス市場で排出権を発行する道が大きく開かれ、セカンダリー投資家の需要が供給を上回る状況が続いている。また、輸入がますます各国の脱炭素化目標に組み入れられるようになっていることから、欧州や他の地域で新たに導入された炭素国境排出権メカニズムが2020年代末までコンプライアンス市場の成長を後押しすると予想される。

炭素排出権が投資家にもたらし得る恩恵

気候が投資リターンに与えるリスクを考慮すれば、炭素排出権には3つの役割がある。

  1. 炭素排出権は、すでに勢いを増している脱炭素社会への移行という永続的なテーマとの関連を通じて、潜在的なリターンを押し上げる可能性がある。排出枠の上限が引き下げられ、排出権の供給が少なくなれば、発行は引き続き減少すると予想される。しかも、米国カリフォルニア州のETSが2014年にカナダのケベック州と連携し、2つのETS(現在は西部気候イニシアチブとして知られる)がそれぞれの目標達成のため排出権を共有できるようになったように、長期的に見れば市場の合従連衡が進むと考えられる。こうした傾向は、いずれは選別的な裁定取引機会を生み出すことになろう。
  2. 排出権は一貫して株式や債券などの伝統的な資産との相関が低く、効果的な分散投資の対象となる(次ページの図表1)。例えば、2022年3月31日までの5年間は、米国10年国債と地域温室効果ガスイニシアチブ(RGGI)の相関係数は-0.19だった。それと同じくらい重要な点としては、炭素の価格設定が地域ごとに違うほか、排出量のカバー率や市場メカニズム、政策も異なっていることが挙げられる。そのため、炭素市場間の相関も歴史的に低く、例えば、同じ時期のカリフォルニアETSと欧州炭素排出権(EUA)の相関係数は0.13にとどまっている。このことは、炭素排出枠だけでなく、炭素関連資産クラス全体に積極的に資産を配分すべきことを示す強力な根拠となっている。
  3. 排出権は気候変動に起因する投資損失のテールリスクの一部をヘッジする効果的な手段となる。実際、ABは慎重に選択された炭素排出権への資産配分が、歴史的に分散投資戦略における気候変動への対応に伴う移行リスクを軽減してきたことを把握した。

炭素排出権に資産配分する際のリスク要因

炭素排出権にどの程度の資金を配分するか決める際には、検討すべき3つの重要な要因がある。それは、最も起こる可能性が高い気候変動パターン、そのシナリオに対するポートフォリオのエクスポージャー、そしてリスクに対する投資家の許容度だ。気候変動の進行状況についていくつかのシナリオが考えられるため、投資家は最も可能性の高いシナリオを重視しなくてはならない。

しかも、1つの気候変動シナリオにおいても、ポートフォリオによってリスクへのエクスポージャーが異なる可能性がある。例えば、コモディティ生産企業など、急速な気候変動によってビジネスモデルが破壊される可能性の高い企業への配分比率が高い戦略は、再生可能エネルギーを生産する電力会社に投資する戦略に比べ、高いリスクにさらされることになる。

ABの分析では、基本シナリオとして広く受け入れられている気候変動リスク等に係る金融当局ネットワーク (NGFS)のREMINDモデルに基づき、複数の気候変動シナリオを比較した。

気温に関するシナリオでは2050年を見据えて、保守的で体系的なものから、乱雑で無秩序なものまで、さまざまなシナリオについて検討した。気温の上昇幅を2度とした秩序ある変動シナリオでは、早期に政策を講じることで変動が緩やかになり、リスクも抑えられると想定している。一方、無秩序なシナリオでは、政策の発動が遅れたりバラバラになったりして、後になって失った時間を取り戻すために炭素コストが急激に上昇すると想定している。リスクの多くは、それぞれのシナリオの炭素コストの変化に起因するもので、炭素価格の上昇ペースは、より急速な気候変動シナリオの方が速くなる可能性が高い(図表2

気候変動が経済、金融システム、企業に与えるリスクはそれぞれのシナリオによって大きく異なるため、投資戦略にとって重要かつ大きな意味を持つ。ABは世界株式及びコモディティ生産企業の株式の代用として広く使われる市場インデックスを使い、2030年までに温室効果ガス排出量を半減させるというパリ協定で定められた期限について、炭素価格がそれぞれのシナリオに与えるリスクを2つの資産すべてに適用した(図表3)

予想どおり、控えめなシナリオは影響が最も小さかった。気温上昇幅を3度とした「国が決定する貢献(NDC)」に基づくシナリオでは、気候変動リスクや炭素コストによって被ると予測される損失は世界株式が最も小さかった(黄色の棒)。しかし、気候変動リスクは、ポートフォリオ次第で高くなる。例えば、より積極的なシナリオでは、世界の株式は最大で3%の損失を被った一方、化石燃料とその関連素材を供給するという炭素集約的なビジネスに携わるコモディティ生産企業は、気候変動リスクへのエクスポージャーが非常に大きくなっている。アロケーションの規模を決定する上で、それぞれのシナリオが実現する可能性の大きさや、ポートフォリオのエクスポージャーを考慮する重要性が高いのは、こうした理由による。

排出権へのアロケーション:どの程度あれば十分か?

ABはそれぞれのNGFSの移行シナリオが実現する可能性に関する評価に基づき、予想される気候変動の過程について基本シナリオを策定している。

世界の株式は相対的に、気候変動リスクにさらされる度合いが少ない。そのため、基本シナリオでは、排出権に2%近い資金を配分すれば、戦略を保護する上で十分だと考えている。コモディティ生産企業の場合はリスクへのエクスポージャーが高いため、基本シナリオで同じ程度の保護効果を得るには、はるかに高い配分比率が必要となる(図表4)。もちろん、気候変動の状況は常に変化する。重要なのは、気候変動のデータやモデルによって変化する特定の数字ではなく、炭素市場を投資家のポートフォリオに活かすための正しい枠組みを見つけ出すことである。

分散投資は長い間、効果的な長期戦略の代名詞のようなものだった。しかし、気候変動がポートフォリオのリスク要因として存在感を高めつつある中、世界のリーダーらは、従来の資産構成を見直し、範囲を広げる必要があるかもしれないと指摘している。ABは、炭素排出権が、その方向に向けた次の論理的なステップになると考えている。

当資料は、アライアンス・バーンスタイン・エル・ピーのCONTEXTブログを日本語訳したものです。オリジナルの英語版はこちら
 
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