米国で2022年8月16日に発行したインフレ削減法(Inflation Reduction Act(以下、「IRA」))にはクリーンエネルギーの開発を促進するための大規模な予算が盛り込まれており、同市場やそこでの投資機会の双方にとって大きな追い風となる公算が大きい。本稿ではアライアンス・バーンスタイン(以下、「AB」)の投資の専門家2人がこの画期的な法律に関する当面の所感について述べていく。
 
IRAのクリーンエネルギー歳出は、このセクターの活性化を狙った過去の取り組みに比べてどの程度の影響を持つものなのか。今回異なっているのはどのような点なのか   
 
ジョディ・ガンダーソン、マネジング・プリンシパル/投資委員会メンバー、ABカーバル・インベスターズ: クリーンエネルギー・プロジェクトやテクノロジーの開発企業に確実性がもたらされることによって、クリーンエネルギーへの移行が早まることになるだろう。この法律によって製造機能が米国に戻るため、米国内における技術革新が促進されるだろう。予想される温室効果ガスの削減について言えば、IRAは、過去のいずれの政策と比べて、10倍以上ポジティブな影響を気候変動にもたらすとABではみている。
 
また今回の政策では、あらゆるテクノロジーが対象となる。伝統的な再生可能エネルギーに加え、拡大が必要とされ、いずれコストを低下させる必要のある新規テクノロジーも盛り込まれている。グリーン水素、サステナブルな航空燃料、バイオ燃料といった技術だ。IRAは包括的な政策であるため、過去の政策とは一線を画す。
 
この政策により米国はクリーンエネルギーへの移行において主導的な地位を獲得する公算が大きい。IRAの製造業や国内回帰に関連する一部内容は、サプライチェーンの管理を向上させ、クリーンエネルギー費用を削減し、製造業における技術革新を促進することをねらったものだ。米国内で適用される減税措置や金融支援の一部は自由貿易協定のパートナーによる米国外の鉱物資源の採掘、製造、生産に恩恵が及ぶため、IRAの効果は米国内にとどまらないものとなる。
 
ジェット・ゼリアク、2050年クリーンテック・ソリューションズ最高投資責任者、AB: 大まかな定義でいうと、時価総額が約1兆米ドルのセクターの場合、5千億米ドル近い資金が流入するとみられる。これまで米国の政策は2年から3年単位で構築されてきており、投資の税額控除の延長について不確実な部分があった。IRAの税額控除はこれまで米国で見られたものよりも、はるかに長期となっており、すでに風力や太陽光発電がほとんどすべての要件を満たしている今、安定性がもたらされる。
 
また、IRAは水素や再生可能天然ガスといった新規のテクノロジーに大きな追い風となろう。例えば、ある再生可能天然ガス会社が1億米ドルの消化装置施設を建設するとする。この会社は建設が始まれば、3千万米ドルの再生可能エネルギー向け税額控除を受けることができ、それを売却して現金を得れば、それを元手にして残りの資金を調達することができる。資金がはるかに入手しやすくなるのである。
 
IRAは従前のクリーンエネルギーを対象とする税制優遇措置の比べてはるかに長期的な視点に立っている。この点はどのように重要なのか。また、IRAによって同セクターへの投資に関心を持つ投資家や資金の出し手に対しては、どのような意味を持つのか 
 
ジョディ・ガンダーソン: 過去には税額控除の期間が短期間延長されたケースが時折見られた。しかし延長されるかどうかが予想できなかったため、そもそも延長がされるかどうか、規模がどれだけになるのか、どれだけ延長されるのか、といった点について開発企業は確信を得ることができなかった。
 
IRAの場合、税額控除の期間は最低でも2032年までで、それより伸びる可能性もある。期間が長いため、開発企業と投資家のいずれにとっても確実性がだいぶ高まる。しっかりした良い意思決定を行うにはこれが必要だ。こうしたプロジェクトの開発には、多くの場合、長期間を要する。実のところ数年はかかる。何年も先まで見通せるということは、実に重要なことだ。
 
これまでクリーン・エネルギーへの移行に関連した投資活動の大部分は民間の資本市場で行われてきた。これらセクターが成長し、IRAがもたらす追い風を得ることを考慮すると、そうした資金調達活動が公開市場で行われる部分が拡大していくであろうことが合理的に予想できる。
 
ジェット・ゼリアク: IRAにおいては、一部の税額控除の期間は20年に及ぶ。例えば水素、風力、太陽光の生産税控除の場合、2042年まで続く。こうした仕組みにより一部企業は公開債券市場へのアクセスを新たに得ることができるようになるだろう。税額控除の視点から言えば、創業期の企業には追い風となるとABは考える。税額控除の売却によて、本質的にはプロジェクト費用の30%のリスクを軽減できるからだ。
 
IRAは、このセクターに安定性をもたらすことにより、こうしたプロジェクトの資本集約度を引き下げ、「ユニット・エコノミクス(一顧客当たりの採算性)」を拡大させる。こうした企業は、税額控除の額に応じて利益率を拡大させる場合が多い。グリーン・テクノロジーはこれまでもセクター横断的な分野だったため、これは、伝統的な産業やテクノロジーといった分野の幅広い投資家の関心を集めることになるとABはみている。
 
創業期にあるクリーンエネルギー企業の信用のクオリティや持続可能性を向上させるという側面でいえば、IRAはどれだけ革新的でインパクトのある政策なのか  
 
ジョディ・ガンダーソン: 他の諸条件が一定であれば、IRAは創業期にある企業の将来性を向上させる可能性がある。しかし創業期にある企業が躍進するのに必要な条件はさまざまだ。例えば経営陣の能力の高さ、市場の急激な変化や進化するダイナミクスに対応できる能力、十分な収益が得られるようになる前でも費用構造を管理できるかどうか、そしてもちろん、人材や資本を引き寄せる能力などが挙げられる。
 
創業期にある企業にとって、IRAはジグソーパズルの1つのピースということになるだろう。だが、創業期にある企業の将来性を見極めるにあたっては、IRAはおそらく広大な構図の中の比較的小さな部分に過ぎないだろう。最終的には個々の企業がどれだけ効果的に計画を実行していけるかにかかってくる。
 
ジェット・ゼリアク: 創業期でバランスシートの規模がまだ小さい企業にとって、投資の税額控除をいち早く資金化できるということの意味は大きい。タックス・エクイティ・ファイナンスを利用して税額控除を資金化した太陽光発電の企業ではこれが効果を発揮し、資金の乏しいそれらの企業がプロジェクトを回したり成長資金を得るための支えとなった。そして今回、新規テクノロジーの多く(例えば定置型蓄電池の応用技術など)が税額控除の対象となった。
 

こうした企業にとっては、プロジェクトの資本部分すべての資金が手当てでき、今まではほとんどの場合、不可能だったような債務による資金調達が利用できるようになることは、大きな朗報だ。信用が向上すること自体もプロジェクトの経済性を確立する助けとなろう。利益率を拡大させ、成長に必要となる財務体質の向上も図れる。ただし、投資家は間違いのない企業を見極める必要がある。
 
まだ導入されて日は浅いが、IRAがもたらす機会やリスクを投資家はどう見極めていくべきなのか。一部のセクターが他に先駆けて躍進する一方、一部は不利になるということか
 
ジョディ・ガンダーソン: 単独の蓄電システムは恩恵を受けるとABはみている。IRA導入前には再生可能エネルギー・プロジェクトに併設されたシステムのみが税額控除の対象とされていたが、IRA導入により、単独で設置された蓄電池も税額控除の対象となった。ほかにも多くのプロジェクトが経済的に実現可能なものとなる可能性がある。また、IRAは米国における蓄電池の普及を後押しする可能性も高い。電力供給が不安定な再生可能エネルギーが普及するに従い、送電を安定化させるために、蓄電池の重要性は高まるだろう。
 
水素も一般に将来性が大きいと見なされており、他のテクノロジーの中でIRAから受ける恩恵が最も大きくなる可能性がある。グリーン水素の生産費用は2030年までに大きく低下するとみられている。一方、不利を被るセグメントについていえば、IRAは総じてすでに存在するトレンドを加速させる。石油・ガスから電気への移行を経済全体にわたり加速化させるだろう。
 
ジェット・ゼリアク: トップダウンで見ると、どのタイプの税額控除が実質的に一番大きいか、という疑問から考えるのが理にかなうだろう。水素を対象とした税額控除が抜きんでて大きく、炭素隔離を対象とするセクション45Qの税額控除の拡大がこれに続く。政策の内容を1つひとつ検討していけば、バリューチェーンの中で利益率拡大の可能性が最も大きい部分を特定することができる。
 
全体的な成長性についていえば、2050年までの脱炭素目標を達成するには、水素が最も速く成長する必要がある。現在の発電量は2ギガワット程度だ。2050年までに4,000ギガワットは必要だろう。重機を使う多くの産業プロセス(例えば大型輸送機器や機関車など)の脱炭素化を図るためにも水素は必須だ。電池の脱炭素化のための採鉱装置も水素駆動となる必要がある。
 
IRAが不利益をもたらすケースも一部ある。例えば販売価格5万5,000米ドル超の電気自動車や8万米ドル超のSUVを製造してもEV税額控除の対象とはならなくなってしまう。
 
このクリーンエネルギー投資の波に乗ろうとしている投資家が留意すべき注意点を数点あげるとすれば何か  
 
ジョディ・ガンダーソン: 例えば需給など、投資家として考慮すべき要素は多岐にわたる。セクター、テクノロジー、それらの相対費用の間には非常に密接な相互関連性がある。また、このセクターにおける資産の価値と収益は、部分的にコモディティー価格に左右されるが、コモディティー価格は不安定だ。
 
クリーンエネルギーへの移行に伴い大きな変化が訪れるが、変化自体がオペレーショナル・リスク、信用リスク、市場リスクといったリスクをもたらそう。これらは長期運用資産だ。したがって将来を予想することはより困難になる。最終的には、リスク・リターン目標に見合う投資プロフィールを投資家が構築できるかにつきる。規律を保って、市場の短期的動向にまどわされないこと。クリーンエネルギーへの移行はスムーズには進まない公算が大きく、直線的に進む方が意外だ。
 
ジェット・ゼリアク: 政権交代によってクリーンエネルギー市場に対する見方が変わってしまうリスクは常にある程度存在する。しかし、旧来の石油会社やガス会社の多くは、会社がクリーンエネルギーのプロジェクト開発に参加することによってIRAの恩恵に浴する可能性がある。州レベルの政策リスクはある。米国は炭素政策を州ごとに立案してきたので、欧州のような包括的な政策にあたるものがない。
 
注視していくべきもう1つの要素は、バイオ燃料の連邦再生可能エネルギー識別番号が米国環境保護庁(EPA)によって発行される点だ。この政策の中心的な原則は変わっていないが、EPAには方針を微調整する権限があるため、すでに比較的不安定な税額控除が影響を受ける可能性がある。
 
テクノロジー面についていえば、一部はまだ初期段階にあり、経済性が見えてくるには時間がかかる。個別企業レベルでみると、テクノロジー・リスクはどのセクターにも存在する。水素では、燃料電池のタイプが数種類あり、大部分は1950年代か1960年代から開発されてきたものだ。一部の企業への投資は、単独のタイプに依存することが必要になる場合もある。となると本質的に、特定のテクノロジーや特定の企業の事業実行能力に賭けることになる。だからこそボトムアップでのリサーチと評価が非常に重要だ。
 

当資料は、アライアンス・バーンスタイン・エル・ピーのCONTEXTブログを日本語訳したものです。
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