イベント・ドリブン戦略にとって重要なイベントは企業の合併や買収だけではない。
イベント・ドリブン戦略とは、企業にとって重要な出来事、すなわちコーポレート・イベント、あるいは投資家イベントや流動性イベントの発生やその影響を利用し、株価のアノマリー(経験則)からアルファを追求する戦略である。ヘッジファンド戦略の中でも最も古く、研究の進んだ戦略の一つであり、HFRIイベント・ドリブン指数の算出開始日は1990年にまで遡る。それから今日に至るまで、同指数は良好なリスク調整後リターン(年率)を維持しており(図表)、指数が「下落」した年は7回しかない。

一方、リターンの源泉に偏りのあるイベント・ドリブン戦略もあり、そうした戦略の有効性は低い可能性がある。アライアンス・バーンスタイン(以下、「AB」)の見方では、そうした偏りの原因は多くの場合、マージャー・アービトラージという特定のサブ戦略への過度な集中にある。マージャー・アービトラージとは、企業の合併・買収(M&A)が成立するとの予想の下、明確な成果と期限を定め、リスク・プレミアムの獲得を追求する戦略である。戦略の偏りは指数の動きからも明らかであり、HFRIイベント・ドリブン指数と同マージャー・アービトラージ指数の相関が、約0.9という高い水準(期間は2020年2月~2025年8月)であったことに驚く投資家もいるかもしれない。
ただし、誤解しないでほしい。近年のM&Aの増加については、数年にわたり低迷が続いた取引の再活性化を示唆する、好ましい兆候であるとABは見ている(以前の記事『マージャー・アービトラージ:好条件がそろいつつある』ご参照)。それでも、イベントによる株価のアノマリーを追求する戦略にとって、重要なイベントは企業の合併や買収だけではないということだ。
マージャー・アービトラージと株式市場の見えない相関
サブ戦略としてのマージャー・アービトラージの重視は、一見すると賢明な選択であるように思えるかもしれない。それは、マージャー・アービトラージが長期的に質の高いリターンを実現してきたためである。質の高いリターンとは、大まかに言えば、一貫性があり、理解が可能で、長期的に株式市場と相関しないリターンのことである。42種類あるHFRIのヘッジファンド指数の中でも、マージャー・アービトラージ指数の最大ドローダウンは7番目に小さく、指数が下落した年は過去35年のうち2回しかない。
一方、マージャー・アービトラージにはそもそも景気に敏感な側面もあり、M&Aの増減によってリターンが左右されるという難しさが想定される。また、伝統的な市場との相関についても、通常時はほとんどないと言えるものの、市場のストレス時には感応度が高まるリスクがある。
M&Aの発表という結果と期限が明らかな、いわゆる「ハード・カタリスト」と呼ばれるイベントを重視するイベント・ドリブン戦略では、株式市場に対する「ロング・バイアス」が生じる可能性がある。ABの見方では、そうしたバイアスは市場低迷時の損失リスクを高める恐れがあると考えられる。
よりシステマティックなアプローチの活用
それでも、ポートフォリオ・マネジャーが利用できるカタリスト(イベントや材料)はM&Aだけではなく、市場には「ソフト・カタリスト」や「ダイバーシファイド(多様な)カタリスト」とも呼ばれる、システマティックなカタリストも存在する。そうしたカタリストは多くの場合、企業や規制当局、あるいは運用に制約のある投資家(パッシブ運用ファンドなど)の動きをきっかけとしたイベントであり、通常はM&Aとは異なり、株価への影響や収益化の時間軸により幅があると言える。
イベント・ドリブン戦略の多くがこうしたカタリストにも目を向け、株式市場とほとんど相関しないかまったく相関しない、多様なリターンを追求しようとしている。また、こうしたカタリストを併用することで、マージャー・アービトラージがイベント・ドリブン戦略全体にもたらす恐れのある、株式市場に対する「瞬間的」なベータをある程度抑えることができる可能性もある。
一方、イベントの種類の急激な増加は、ポートフォリオ・マネジャーによる対応を難しくもする。グローバルに活用できるシステマティックなカタリストの種類は、企業関連のイベントだけでも多岐にわたるためだ。
システマティックなカタリストのさらなる分類
システマティックなカタリストの種類は多いものの、大きくは次の2つのサブカテゴリーに分けられる。すなわち、投資家心理に基づくカタリストとより多様なカタリストである。
投資家心理に基づくカタリストは、個別のイベントがもたらす市場の動きを利用し、その方向性からリターンを追求しようとするものである。例えば、投資家にとって企業による自社株買いの発表は、予想利益の達成に向けた企業の自信の表れと解釈できる場合がある。また、投資家に広く利用されている株式指数のリバランスは、パッシブ投資家による個別銘柄の売買を示唆するイベントであり、それらの株価の動きからリターンを追求するチャンスになる可能性があると言える。
一方、より多様なカタリストには、持続性のある市場テーマを重視するものが含まれる。個別銘柄に関するアナリストのレーティング変更はその一例であり、ポートフォリオ・マネジャーはそうしたイベントをきっかけに、ロングまたはショートのポジションを構築することもできる。
このようにイベント・ドリブン戦略は多岐にわたり、サブ戦略としてのイベントの種類は数百にも及ぶため、それらのカタリストがもたらすリターンを捉える上では、ルールに基づいた、システマティックなアプローチが必要不可欠になるとABは考える。そうしたアプローチを採用することで、投資家は数百にも及ぶ定量的なインプットを投資判断に生かし、限られた数のカタリストにポートフォリオが集中しすぎることを避けられる可能性がある。
その反対に、ファンダメンタルズ調査やファンダメンタルズ分析をすべての取引において行うにはリソースが必要であり、今日そうした体制をすぐに整えることができる投資家はほとんどいない。
また、ショート・ポジションからリターンを追求するカタリストへの着目も重要と考える。イベント・ドリブン戦略の多くはロング・バイアスがあり、そのためアルファの創出が制限を受けているとABは見ているためだ。イベント・ドリブン戦略にショート・ポジションを加えることで、ストレス時の市場との相関を低く保てる可能性もある。
さらに、機械学習の進化もシステマティックなアプローチの魅力を高めていると言える。人工知能(AI)を原動力とした定量的な投資判断プロセスの登場によって、膨大なデータの解釈のほか、株価に影響を与え得る多様なカタリストの発掘や利用が可能になったためである。
こうした議論はいずれも、イベント・ドリブン戦略にとってM&Aが今後も重要であることを否定するものではない。その一方で、イベント・ドリブン戦略においては、ロングもショートも可能なより広範かつ多角的なアプローチの活用が、低相関で幅広い市場環境に対応した、持続性の高いポートフォリオの構築につながるとABは考えている。
当資料は、アライアンス・バーンスタイン・エル・ピーのCONTEXTブログを日本語訳したものです。
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