広範囲にわたるロックダウンの結果、ユーロ圏全体で記録的な国民総生産(GDP)の減少と政府債務の急増が起きた。しかし、コロナ危機への政治的対応は、欧州統合計画とユーロ圏の債券市場の双方にとってプラスになり得る。

2020年、欧州各国政府は新型コロナウイルス蔓延防止のためロックダウン実施に舵を切った。当然ながら、この結果としてGDPは記録的な減少を見せたが、2021年に入り、ようやくワクチンが普及してきたことを受け、各国の経済活動は再開し始めている。そのため、2020年の減少の反動で、かつて類を見ないGDP成長率が今後発表されるだろう。しかし、これらのGDP成長はそのほとんどが前年比計算のトリックによる見せかけの強さであることに加え、市場参加者にとって既知のものであるため、ユーロ圏経済の長期的見通しに対する示唆はほとんどない。

コロナショックによる重要な変化

では、重要かつ持続的な変化は何だったのか。経済面では、政府債務の急増と金融政策の支援に裏付けられた積極財政出動に対する容認が、成長とインフレの見通しに影響を及ぼすだろう。また、新型コロナウイルスは政治面においても、良きにせよ悪しきにせよ、重大な混乱を引き起こすかもしれない。

実際、政治面での変化はすでに始まっている。その一例として、新型コロナウイルスをきっかけに2020年に欧州連合(EU)首脳間で合意に至った7,500億ユーロの復興基金が挙げられる(以前の記事『欧州の復興プランで進むグリーンへの移行』ご参照)。これは欧州版「ハミルトン・モーメント」(米国の初代財務長官に就任したハミルトンが各州の債務共通化に奔走したことになぞらえた表現)と呼べるほどのものではなかったが、共同借入、そしておそらくは将来的な債務相互化に向けた重要な一歩となった(以前の記事『EU Recovery Fund』(英語)ご参照)。国をまたぐような危機が起こらなければ、この一歩は踏み出せなかっただろう。

新型コロナウイルスと復興基金は、国内政治にも重要な変化をもたらした。イタリアでは、ドラギ欧州中央銀行(ECB)前総裁が首相に就任し、議会は2,300億ユーロ規模の複数年にわたる投資・改革パッケージ成立にあたって確かな団結を見せた(以前の記事『Can Mario Draghi Recharge Italy’s Economy?』(英語)ご参照)。この団結は長続きするのだろうか? 長い間欧州政治を見ている人ほどそう疑うかもしれない。ただ、2018年の選挙直後、2つの過激ポピュリスト政党が政治を動かしていた頃と比べれば対照的な様相であることに違いはない。

イタリア経済はユーロ加盟以来、長らく苦境に立たされてきたが、この動きは国内・汎欧州双方の観点から、明るい未来への大きな一歩と言えるだろう。しかし、さらに大事な国があることを忘れてはならない。ドイツにおける最近の政治動向は、ユーロ圏の経済及び金融の今後の安定性にとって、より重要な意味合いを持つかもしれない。

ドイツ中道右派政党の失速

多くの政府でそうであったように、ドイツのアンゲラ・メルケル首相が所属するキリスト教民主・社会同盟(CDU・CSU)も新型コロナウイルス発生当初は支持率が上昇した。しかし、政府の危機管理体制に対する疑念や、2020年9月の連邦選挙における「冴えない」後継者候補などによって支持率が急落した結果、足元では緑の党が世論調査でわずかにリードしている(図表1、左図)。

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緑の党の台頭はEU統合の深化につながる

識者の多くは、選挙当日までにCDU・CSUの支持率が復活すると考えているようだが、それは確かではない。現段階で言えることは、連立政権を組むのは容易ではない点、そして緑の党が次期政権に参加する可能性が高まっているということだ(図表1、右図)。ドイツの次期首相は、緑の党の共同代表であるアンナレーナ・ベアボック氏になるかもしれない。

緑の党が政権を握った場合、欧州政治はどうなるだろうか? 緑の党は、2030年までにCO2排出量を70%削減(現在の目標は55%)することをマニフェストの目玉として掲げている。市場では10年間で年間500億ユーロの投資プログラム(GDP対比1.5%)の財源として、所得税引き上げや富裕層への増税ならびに財政赤字拡大などに目が向けられているが、そのためにはドイツの債務ブレーキルール(財政収支均衡の義務付け)を改正する必要がある。

緑の党は、欧州統合深化と域内連帯強化を支持している。これは、気候変動対策に不可欠なステップと見られるためだ。他にも、緑の党の政策には、EU予算拡大と収入源強化、欧州安定メカニズム(ESM)から欧州通貨基金への転換、銀行同盟の完成などが含まれている。

緑の党のマニフェストが全面的に実施されれば欧州統合深化に向けた試金石となり、域内の相対的に信用力が低い国々の支援という重荷の一部がECBの肩から下ろされることになる。一方、増税やエネルギーコストの上昇を通じて、とりわけドイツ企業は不利益を被るだろう。

言うまでもなく、連立政権の枠組みの中で緑の党がマニフェストすべてを実現できる可能性は極めて低い。しかし、緑の党が政権に入ることで、財政規律が緩和されることはほぼ間違いない。財政政策面でドイツが世界の先陣を切る展開はまだ見込めそうにないが、緑の党の影響力が大きくなれば、少なくとも緊縮に転じてしまう展開は抑えられるだろう。

域内の統合深化と安定性向上がユーロ圏債券市場を支える

ドイツ財政における柔軟性の高まりは、いくつかの側面からユーロ圏国債に恩恵を与え得る。まず、イタリアの構造改革に資する支出増加について、「倹約的な」北欧諸国からの抵抗が和らぐ可能性があることだ。また、EUのバランスシート拡大とそれに伴う財政統合深化により、ユーロ圏周縁国の財政負担が軽減される展開も考えられる。

また、ECBによる超低金利政策を通じた短期国債利回りの実質固定化とグリーン政策による財政規律の緩みの相互作用で、欧州のイールドカーブはさらにスティープ化する可能性が高い。そして、利回り上昇により、かつては消極的だった投資家がユーロ周縁国に戻ってくるかもしれない。

このように、新型コロナウイルスによる短期的な政治的影響は、ユーロ周縁国の債券市場にとって意外にもポジティブなものとなっている。一方、ECBによる債券購入については、ユーロ圏主要国の債券利回りをコントロールする観点で必要不可欠であるが、2022年のフランス大統領選挙がクローズアップされると事態は複雑化するかもしれない。世論調査によると、エマニュエル・マクロン現大統領とマリーヌ・ルペン氏の戦況は、2017年のときに比べてはるかに接戦の様相を呈している(図表2)。また、イタリアでは、ぜい弱な政治的連立が維持できなくなる可能性もある。

しかし、それはまだ喫緊のテーマではない。足元から2021年9月にかけての欧州の政治的テーマはやはりドイツの連邦選挙だろう。

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